>イタリア ●その他自動車関係(欧州車) ●自動車関連ニュース・ネタなど

【連載23】1日いても飽きない。イタリア本国にあるフェラーリの聖地「ムゼオ・フェラーリ」訪問記

2019/5/24

もくじ1 イタリア本国にあるフェラーリの博物館、「ムゼオ・フェラーリ」に行ってきた1.1 チケットの入手、交通手段について2 まずはムゼオ・フェラーリ・マラネッロの様子を画像にて2.1 フェラーリ本社、そしてムゼオ・エンツォ・フェラーリへ2.2 ムゼオ・エンツォ・フェラーリの様子を画像にて2.3 フェラーリ・ファンの情熱には驚かされる2.4 こちらもオススメ、関連投稿 イタリア本国にあるフェラーリの博物館、「ムゼオ・フェラーリ」に行ってきた ぼくは「CL」さんにて記事を連載させてもらっていますが、その記事 ...

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>ドバイ/アブダビ ●自動車関連ニュース・ネタなど

【連載18】フェラーリのファンはこうやって作られる。ファンでなくともファンになる「フェラーリ・ワールド・アブダビ」へ行ってきた

2019/3/22

もくじ1 フェラーリは「ファンの作り方」を心得ている1.1 移動手段にはタクシーを選んでみた1.2 フェラーリ・ワールド・アビダビへ到着する1.3 フェラーリ・ワールド・アブダビのアトラクションにはこんなものがある1.4 アトラクション以外にも見どころはたくさんある1.5 レストランも見逃せない1.6 フェラーリ・ワールド・アブダビはフェラーリファンでなくとも楽しめる1.7 こちらもオススメ、関連投稿 フェラーリは「ファンの作り方」を心得ている フェラーリ・ワールド・アブダビへ行ってきた。“フェラーリ・ワ ...

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>アウディTT関連

【連載12】なぜTTなのか?ボクがアウディTTを買った5つの理由とは

2019/1/21

もくじ1 アウディTT 2.0 TFSI quattroを買った1.1 その1:TTはアウディの異端児だ1.2 その2:TTは新世代のポルシェとなる可能性があった1.3 その3:TTの維持費は比較的安価だ1.4 その4:TTはどこへ乗って行っても気後れすることはない1.5 その5:TTの走行性能は高いレベルにある1.6 こちらもオススメ、関連投稿 アウディTT 2.0 TFSI quattroを買った 「8S」いうコードネームを持つ、三代目にあたる現行モデルだ。ボクは以前にも二代目TT(こちらは8Jという ...

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>香港 ●その他ニュース・ネタなど

【連載11】ザ・ペニンシュラ香港にて、ロールスロイス・ファントムEWBをチャーターしてみた。香港の自動車事情とは?

2019/1/21

ぼくは「CL」さんにて記事を連載させてもらっていますが、その記事を転載したのがこちら。こちらのブログでも改めて、連載記事を紹介したいと思います(元記事はこちら)。 もくじ1 ザ・ペニンシュラ香港とは1.1 香港国際空港に到着すると、さっそく出迎えが1.2 ザ・ペニンシュラ香港のロールスロイス・ファントムはこんな感じだ1.3 香港にはスーパーカーも多い1.4 こちらもオススメ、関連投稿 ザ・ペニンシュラ香港とは 「ザ・ペニンシュラ香港」は、1928年に香港にて開業したホテルである。ラグジュアリーなことで知ら ...

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>ポルシェ関連・ニュース・ネタ >ドバイ/アブダビ ●その他自動車関係(日本車) ●その他自動車関係(欧州車) ●自動車関連ニュース・ネタなど

【連載8】フェラーリだけで100台以上!?ドバイのスーパーカーディーラーは、スーパーカーフリークにとって楽園だった!

2018/12/20

ぼくは「CL」さんにて記事を連載させてもらっていますが、その記事を転載したのがこちら。 こちらのブログでも改めて、連載記事を紹介したいと思います(元記事はこちら)。 もくじ 1 フェラーリだけで100台以上!?ドバイのスーパーカーディーラーは、スーパーカーフリークにとって楽園だった! 1.1 ドバイのスーパーカーディーラーを訪問してみよう 1.2 ドバイのメトロに乗ってみよう 1.3 二軒目のスーパーカーディーラー、「PRINCESS AUTO」を紹介する 1.4 三軒目のスーパーカーディーラー、「EXO ...

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>中国

中国・上海の様子を画像にて。発展の裏には”取り残された”部分がある

2018/11/3

| 中国・上海の様子を画像にて | さて、少し前に訪問してきた上海。 その様子を画像にてお届けしたいと思いますが、今回宿泊したのは人民広場前のホテル、「金門大酒店」。 上海最初の高層建築でもあり、当時高名なイタリアの建築家によって設計されたというホテルでもあります。 現在では老朽化が進んでいて他のホテルに対する優位性が失われており、「価格」「立地」程度しか特徴がなくなってしまっていますが、その「昔っぽい」雰囲気もなかなかだとぼくは考えています。 中国・上海で泊まったホテルはここ。上海最初の高層建築、192 ...

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>ランボルギーニ・ウラカン

【連載4】スーパーカーに乗るにはどれくらいの維持費が掛かるのか?8年で2台のランボルギーニに支払った費用と生活を振り返る

2018/12/20

もくじ 1 スーパーカーに乗るにはどれくらいの維持費が掛かるのか?8年で2台のランボルギーニに支払った費用と生活を振り返る 1.1 ポルシェの維持費はどれくらいだろう 1.2 こちらもオススメ、関連投稿 スーパーカーに乗るにはどれくらいの維持費が掛かるのか?8年で2台のランボルギーニに支払った費用と生活を振り返る ぼくは「CL」さんにて記事を連載させてもらっていますが、その記事を転載したのがこちら。 こちらのブログでも改めて、連載記事を紹介したいと思います(元記事はこちら)。 今回は、スーパーカーの維持費 ...

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>イタリア >他ランボルギーニ関連・ニュース・ネタ

【連載3】イタリアのランボルギーニ本社に併設されたミュージアム&工場見学ツアーは、オーナーでなくともぜひ訪れてみたい

2018/12/20

ぼくは「CL」さんにて記事を連載させてもらっていますが、その記事を転載したのがこちら。 こちらのブログでも改めて、連載記事を紹介したいと思います(元記事はこちら)。 もくじ 1 イタリアのランボルギーニ本社に併設されたミュージアム&工場見学ツアーは、オーナーでなくともぜひ訪れてみたい 1.1 そもそもランボルギーニ・ミュージアムとは? 1.2 ランボルギーニ・ミュージアムはどうやって訪問するのか? 1.3 いざボローニャへ 1.4 ランボルギーニ本社へ到着。足を踏み入れる 1.5 こちらもオススメ、関連投 ...

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>ドバイ/アブダビ ●その他自動車関係(日本車)

【連載2】地平線まで続く砂漠をトヨタ ランドクルーザーで駆け抜ける!ドバイの「サファリツアー」へ行ってきた

2018/12/20

ぼくは「CL」さんにて記事を連載させてもらっていますが、その記事を転載したのがこちら。 こちらのブログでも改めて、連載記事を紹介したいと思います(元記事はこちら)。 もくじ 1 地平線まで続く砂漠をトヨタ ランドクルーザーで駆け抜ける!ドバイの「サファリツアー」へ行ってきた 1.1 そもそもドバイとは、どういったところなのか? 1.2 「サファリツアー」とは? 1.3 いざ、砂漠へ 1.4 実際に砂漠を走行してみる 1.5 こちらもオススメ、関連投稿 地平線まで続く砂漠をトヨタ ランドクルーザーで駆け抜け ...

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>BMW i3

【連載1】さよならBMW i3。売却後、あらためてこのクルマがつくられた意図を考えてみた

2018/12/20

ぼくは「CL」さんにて記事を連載させてもらっていますが、その記事を転載したのがこちら。 まずは連載一回目の記事を紹介したいと思います(元記事はこちら)。 もくじ 1 さよならBMW i3。売却後、あらためてこのクルマがつくられた意図を考えてみた 1.1 そもそもBMW i3とはどういった車なのか 1.2 では、その結果はどうだったのか? 1.3 こちらもオススメ、関連投稿 さよならBMW i3。売却後、あらためてこのクルマがつくられた意図を考えてみた 皆さんはじめまして。 今回からカレントライフにて連載を ...

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●コラム/近況

過去ログ(駄文系)~2

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世界の歴史について考える

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世界には様々な国があって、それぞれの歴史があるわけです。そしていろいろな文化や思想がありますが、それらはやはり、その国の歴史に基づいているわけです。外国人と接していると、やはり考え方やスタンダードの違いを痛感させられることが多いのですが、それはやはり国が異なる以上、仕方の無いことであり、お互いがお互いを理解するように努力しなくてはならないと思います。



それに加え、結果には必ず何らかの原因があるわけです。フランス人とイギリス人は仲が悪いですが、それも100年戦争にまで起源を遡ることができたり、ユダヤ人とドイツ人の関係やアイルランド問題、イスラム教関連の争いには、やはり起源というものがあります。インターネットの普及で急速に世界中のニュースがリアルで伝わるようになり、そういったことが一般に知られるようになりました。ぼくたちが子供の頃、容易に想像できる未来というものはテクノロジーの進歩がもたらすハード面ばかりだったけれど、こういったソフト面での進歩というか新たな概念の出現というものは予想されていなかったように思います。


女王様とその凋落

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ぼくが通っているジムには「女王様」がいらっしゃいます。ぼくの知る限り現在の女王様は2代目となります。初代もそれなりに人気があったのですが、現在の女王様が入会してくるやいなや男どもは新女王様の配下へと寝返り、女王様がトレーニングするためのマシンを確保したり、いろいろと使い方をアドバイスしたり、スタジオの場所取りをしたりと、それはそれは大変なフィーバーぶりです。

はっきり言って無関心なぼくにとってはウザイのひとことですが、そういった大フィーバーをひとり見つめるのは旧女王様です。政権交代というのはあっけないもので今や誰一人として旧女王様に声をかける男はいません。見事なまでの凋落ぶりですが、そういった交代劇を目の当たりにすると、ちょっとせつないです。

体育の時間、そして他人と比較した自分の運動神経について考える

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先日、子供の頃の図画工作の時間での出来事について触れましたが、そのとき、ぼくがもうひとつ認識したことがあります。

それは、他の男子がつくったものと自分がつくったものとの差。
それはけっこうな衝撃で(自分では自分が思った以上のものを作れることをその時に知った)、まるで自分が違う世界からやってきた人間のような気がしたものです。

よく映画などで、記憶喪失のエージェントがとっさの事態に的確に対応して常人以上の能力を発揮し、その自分自身に驚いて「自分にこんな能力が・・・?」というシーンがあるかと思いますが、そんな感じですね。
とにかく激しい違和感を感じたとしかいいようがなく、正直なところ今でもぼくはその違和感を持ち続けています。

ここは自分のいるべき世界ではない、というのがその違和感を言葉にしたものですが、「じゃあどこが自分がいるべき世界はどこか」というのが未だもってわからない、というのも常にぼくが抱えるフラストレーションでもあります。

そしてもうひとつ、小学校時代に自分について理解したことがあるのですね。
それは「ぼくは、まったく運動ができない」ということ。
頭に描いたイメージを両手が忠実に再現できるのとは別に、頭に描いたイメージのとおりに体を動かすことは非常に難しい、と気づいたのですね。
たとえば球技、バドミントンをしているとしましょう。
シャトルが飛んできて、それを打とうとしてぼくはラケットを振ります。
イメージとしてはラケットの中央でシャトルを捉えているのですが、現実は「ラケットにシャトルがかすりもしない」わけです。
つまり、それだけ脳内の認識と肉体の行動がズレているわけですね。

ぼくの思い通りに動くのは「両手の先からだけ」であり、身体自体はイメージ通りに動いておいらず、いわゆる運動オンチというやつです。

そんなこともあり、ぼくは自分自身が「一般からかなり上下にずれている」ことを小学校の時に悟ってしまったわけですね。


炎上したら売れる、は本当か

よく「炎上したら売れる」とは言われますよね。
そのために「炎上商法」すらあるくらいですが、炎上したら本当に売れるのかどうかについて考えてみたいと思います。
なお、2016年において、映画界では「口コミ」が勝敗を分けたとしており、広告費よりもSNSなどによる拡散がヒットを決めたとも言われていますね。

たとえば「君の名は」「この世界の片隅に」がその最たる例で、逆にお金をかけたのに売れなかったのが「スター・ウォーズ:ローグ・ワン」。
要は「バズるかどうか」ということだと思いますが、たとえいい方向で拡散したとしても、ぼくは必ずしも言い受け取られ方をするわけではない、と思うのですね。

とくに日本人はネガティブなので、可愛い動物の動画が拡散しても「どうせヤラセ」とか「動物虐待」とか言い出す人がいる、ということです。

言い換えると、たとえば100の(良い意味で、たとえば映画の)拡散があったとしても、その内の(ある種の統計では)20-30%は否定的に受け取る可能性がある、ということですね。

逆に「悪い意味」で(たとえば映画とする)拡散したとしても、同様にその中のいくらかは「いやちょっと待てよ、これは本当に悪いことなのか?」と考え、それを擁護する可能性だってあるわけで、100の拡散(炎上)があれば、そのうちの5くらいは擁護してくれるかもしれません。
そしてその「5」が、もともとの映画を知らなかった場合、炎上によって新たに5のファンを獲得した、ということになります(認知はもっと大きい)。

そう考えると炎上というのは必ずしも悪いわけではなく、いい意味での拡散も必ずしもファンだけを生むわけではない、ということですね。※悪いことをした時の炎上は救いようがないとは思う

お金人で人の心か買える?

ライブドア社長著書の中での「お金で人の心を買える」発言が問題化しているようです。球団買収時と同じく宣伝効果を狙ったものであると容易に想像できますが、案の定アクセス急上昇らしいです。

ぼく個人は人の心をお金で買うつもりも、買いたくもありませんが、実際のところ「お金で人の心は買える」と思います。
ただしお金がある(続く)間のみ、そして自分よりもお金を持っていない人間に対して、またお金よりもたいせつなものを持たない人間に対してのみ有効、という但し書きつきですが。
ぼく自身はお金で買われるつもりは全くありませんし、かといってお金で動く人間を否定するつもりもありません。
どんなにお金をもらってもやりたくないことは絶対にやりませんし、そんなことやらなくても自分の腕で稼げると思っています(実際はそんなに稼げませんが、そう思うことが大切)。

お金でほとんどのものは買える一方、また買えない物もあり、例えば尊敬や信頼もそうですが、そういったものがお金より大事ではないかと思うことがあります。
人間の評価は経済力のみによるのではなく、それはヨーロッパなど歴史が古く階級制度が根底にある地域では顕著です。
お金は現代社会において最強ランクの武器でもありますが、使い方や使う相手を選びます。その武器、つまりお金が無くなったとたんに輝きや影響力を失う人間にはなりたくない、ぼくはそう思います。

ぼくがヨーロッパを遊び歩いていた頃、ソプラーノというヤツがいてですね、時々彼とつるんで飲み歩いたりしたものですが彼は無類の女好きでして、いい女を見ると男と歩いていようがなんだろうが見境い無く声をかける、という習性がありました。

で、その日も性懲りも無く女の子をひっかけてパブに連れ込んで一緒に飲んでいたところ、なぜかぼくも一その場に緒に居たのですが、どうもその女の子には付き合っている男がいるらしいのですね。
ソプラーノは一生懸命くどきますが、なかなか彼になびく様子はありません。そこで彼が取り出したのが例の最強ウエポン、「マネー」でした。
「きみに彼氏がいることはわかった、じゃあ幾らだったらオレと寝る?」彼は言うのです。女の子は「バッカじゃないのアンタ」みたいな顔をしていましたが、ソプラーノは紙幣をテーブルの上に1枚置き、また1枚置きます。「幾らだったらOKなんだ?」と彼女に言いながら。

「ソプラーノよせよ、」ぼくはそう言うのですが、彼は「いいから黙って見てろ」、そう言って次つぎ紙幣を重ねます。結局のところ、その女の子はお金の誘惑に負けてソプラーノと寝ることになったのですが、はじめはソプラーノの要求に応じようとしなかった彼女がお金を目の前にして葛藤状態に陥り、その状態からソプラーノの要求に応じるまでの間そして彼女の表情の変化は、その後ぼくの人生において大きな影響を与えたといっても過言ではないと思います。もう女の子なんて信じられない。

かつて

ときどき、以前別の会社にいたころを思い出します。
よくある話ですが、上司に飲みに連れてゆかれて何かを強制される、ということが良くありました。

ぼくはお酒を飲めないのですが、それを分かっていて「飲め」とか、ぼくはカラオケを歌わないのに「歌え」とか、そんな感じです。そういう出来事があるたびに、ぼくは「どうしてこの人たちは人がいやがることをさせて喜ぶんだろう」と思ったものです。頭イカれてんじゃねえか、とか考えていました。とにかく、飲みに行くとそういった事態に陥るのは目に見えていますので、「飲め」と言われるととりあえず飲んでその晩はずっとぶっ倒れたフリをしていたり、面倒なときは「ヤッフー!」とか叫んで酔っ払ったフリをして店を飛び出してさっさと家に帰り、次の日に「なんか昨日の記憶が無いんスよね」などとしらばっくれていました。
そこで、最近ふと思いました。人に何かを強要しそれを実行させる、ということは自分の立場を再確認し、自分は人の上に立っているということを認識し自己満足を得るための行為ではなかったのか、と。自分の欲望のために他人を踏みつけるような行為はとうてい受け入れることはできませんし、そういった人間にもなりたくないと思います。こうやって書いているとなりたくないものばかりですが、映画「デイズ・オブ・サンダー」でトム・クルーズが「なりたいものなんてわからないけれど、なりたくない人間だったら言える」と言っていたのを思い出します。

変わり映えしない日常

まいにち変わり映えがしない日常を面白くない、つまらない、と不満をこぼす人はずいぶん多いと思います。

しかしそれは、そう思う本人こそが日常をつまらなくしているまさに張本人ではないかと考えることがあります。
彼らは、いたるところに存在する彼らの日常を変えてしまうような「何か」、またそれらの「サイン」を見過ごしたり無意識に見ようとしなくなっているのではないでしょうか。

人間は変化を求めながらも同時に変化を恐れるといった背反する二面性を持っていると思います。なんだかんだと文句を言いながら過ごしているまいにち、それらに介入してくるものや、平凡なまいにちをひっくりかえしてしまうものを心の奥底で拒んでいるのではないでしょうか。

たとえそれが自分が望むような変化であったとしても、変化を恐れているようにすら見えます。世界は不変ですが、たえずぼくたちの精神は変化し続けます。
まいにち見る同じ景色、いつも聴く同じ音楽、それらでさえも気分の良いとき、落ち込んでいるときには違った印象を人々に与えます。

気分の良い時にはデスメタルを聴きたくなるかもしれませんが、落ち込んでいるときにはデスメタルを聴きたくないかもしれません。
音楽そのものは同じなのに、ぼくたちの精神状態が異なるだけでそれがぼくたちに及ぼす印象が異なるのです。
同じ場所へ行っても、ひとりだと楽しくないかもしれませんが二人だと楽しいかもしれません。

ぼくが思うのは、「ものの見方を少し変えるだけで、目の前に広がる世界が変わって見えるのではないか」とうことです。たとえ昨日と同じ場所にいようと、たとえ数分前と同じことをしていようと、それは実際には昨日や数分前と同じではないのです。

今という瞬間はもう2度とやってくることはありませんし、不満をこぼす前にもう一度注意深くまわりを観察し、耳を澄ませてみればきっと何か変化を感じ取れると思うのです。

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