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プリウス問題について考える

2016/08/16

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プリウスに関する問題で様々な報道がありますが、車に問題があるのでは、そしてトヨタの反応がマズかった、ということを思う反面、報道のされ方には「やりすぎ」感があるのですよね。

日本人(の大半)は「他人の不幸」を喜ぶ習性があり、それは今までヒットしたTV番組や映画、昔話もそうですし、映画「フランダースの犬」も日本版だけはハッピーエンドではありませんでしたし、とにかく人の不幸を見て自分の位置を確認し、安心するといった習性があります。
常々エントリーしているように、「良い話」はニュースになりにくく、「悪い話」はニュースになりやすく人びとの心を捉えやすいのです。夜10時くらいからはじまるニュース番組のキャスターがいつも「どうなってるんでしょうかねー今の世の中は」とか、何が起きても温暖化のせいにしたりとか、公共の電波を利用して個人的なネガティブな感想をタレ流すことが認められ支持される昨今ですが、あまりに何もかも消費者寄りになりすぎていると思うのですよね。
先日の「こんにゃくゼリー」もそうですし、そんなに神経質になったら企業は生産活動などできないわけで、日本の停滞や生産性の低下を招くことがあるとすれば、ぼくはこういった風潮だと考えています。

どんなものであっても、どんな事柄でも、一生懸命人が努力して作り上げた、また成し遂げたことであります。
それを表面だけを見て第三者が否定する、または貶めることがあってはならない、と考えるのですよね。
外野がガタガタ言うなよ、英語で言えば「don't be a backseat driver」というわけです。
他人の些細な過失ばかりを暴くことに快感と正義感を見出し、それによって収入を得る輩がいることも問題だと考えます(支持されるニュース=金、となるので報道の公平さが失われる)。

なので、ぼくは評論家という職業については否定的な見解を持っているのですが、WebCGの小沢コージ氏の連載に、今回のプリウスについての意見があり、これに関しては、ぼくも同じ感想を持っています。とくに下記(抜粋)の一文に集約されるのではないか、と考えています。

「俺はこの一連の報道や反応の奥底に、正義という名の下にトヨタという世界的企業の足を引っ張りたい、貶めたいという、人間の醜い感情を見た気がする。まさに「出る杭は打たれる」だ。」

同じコラムの中で、氏は下のように述べていますが、ぼくら自身、もういちどそれについて考えてみる必要があるかもしれません。

「なぜそんなにネガティブかつ厳密に捉えるのだろうか。自分はそんなに完璧な人間なのか。」

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