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「人生でいちばん寒い夜」。モーターサイクル・ダイアリーズについて考える

2016/08/11

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チェ・ゲバラ

この旅は、想像以上にぼくを変えた。
少なくとも、今のぼくは以前のぼくと同じではない。

ガエル・ガルシア・ベルナル主演の「モーターサイクル・ダイアリーズ」、ラストでの台詞です。
この映画はゲバラの「チェ・ゲバラ モーターサイクル南米旅行日記」をロバート・レッドフォードの製作総指揮で映画化したものであり、しかしミニシアター公開規模に止まったので現在まで観る機会に恵まれませんでしたが、もっと早く観ておけばよかったな、そう思う一本でした。

もともとゲバラはぼくの興味の対象であったわけで、サルトルをして「完璧なる人間」、ジョン・レノンをして「いちばんイカス男」と言わしめたゲバラ。ぼくは資本主義者ですので共産主義とは相容れない思想の持ち主ではありますが、その人生にはおおいに興味をひかれるわけです。そんなことから「チェ・ゲバラ モーターサイクル南米旅行日記」は以前に呼んだことがあり、その中で最も記憶に残る一節は「ポデローサ号を失ったとき、ぼくらは【モーターつきのたかり屋】から【モーター無しのたかり屋】になった」というものでした。彼ら(ゲバラとその友人)は1台のモーターサイクル(ポデローサ号)で、南米1万数千キロを走破する旅に出たわけです。もともと裕福な家に生まれ、真の苦労を知らなかったであろうゲバラ。そんな彼が南米大陸を旅するうちに目にした資本主義による搾取と略奪、そしてその被害者を目にしたとき、彼の中でどういった変化が起きたのか。なぜ歴史に名を残す革命家となったのか、それをうかがい知ることができる1本であったと思います。

ぼく自身もたいした苦労など無く育ったわけですが、はじめて中国大陸を訪れたとき、「出口の無い闇」の中で暮らすしかない、そしてなんとか闇から脱出しようと足掻く人々の存在を知って愕然としたものです。海を隔てているとはいえ隣の国で、しかも21世紀の世の中にまさかそんな現実が存在するとは想像だにできず、そしてその現実は、ぼく自身の心が抱え、逃れることができない心の闇を認識させたわけです。
ぼくは色々と中国をネタにすることはありますが、実際のところけっこうな親中派でして、最近何かと話題の中国人の行いについては「罪を憎んで人を憎まず」的な部分があります。重要なのは「法を犯したこと」ではなく「なぜ法を犯さなければならなかったのか」ということなのです。日本は中国の内政には干渉不可能ですが、おなじODAを行うのであればお金だけではなく様々な方法もあるだろう(あえて詳細は書きません)、そういった行いをすれば日本と中国の関係も改善するだろうし現在の中国が世界に対して与える悪い影響も少なくなるだろう、と考えたりします。ぼくは「働かざる者喰うべからず」と認識しているので無償援助などは(援助される側の人間のためにならないので)否定的ですが、(もうすこしだけでも相手を理解すれば)国家としてできること、企業としてできること、そういったことが今の日本にはたくさんあると思うのですね。ゲバラは武力闘争無しでは解決をはかれないとしましたが、今の世界では資本による解決(もう一度書きますが資金の援助や供与ではない)、血を流さない解決というものもあると思うのです。冗談抜きで現在地球はボーダレス(資金の流れ、産業の構造)でして、しかし様々な習慣や宗教の人たちが世界には居て、お互いを否定し排除するのではなく理解しあう(受け入れる必要まではない)ことも重要かと思います。それは、ぼくらの日々の生活においても同じことだと考えます。

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