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もしも車に「生まれ変わり」があったなら?

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世の中には色々な車があるわけです。中には評価される車があり、中には評価されない車もあります。そういった評価の低い車を嫌う人々もいらっしゃいますが、個人的には車に罪は無いと思っています。なので、軽自動車だろうがトラックだろうが、高級車だろうがスポーツカーだろうが、ぼくにとっては皆おなじ車です。

世の中には色々な人や、それぞれの経済事情、お国柄というものがあり、日本で受け容れられない車でもヨソの地域では歓迎される、というケースもあります。コストを削り安価に仕上げた車は裕福な方には不足に思えるとは思いますが、発展途上国の人にとっては重要な生活必需品かもしれません。ぼくたちが捨てるような車でも、たいせつに乗ってくれる人が世界中にはいるのです。

いくらでもお金があれば、より高性能で高付加価値な車が良いのは当然ですが、そうもゆかないのが実情です。多くの自動車メーカーはそういった事情を鑑みて多彩な車を取り揃えています。より多くの人に、より自動車の便利さを教授してもらうためです。もちろんそこには利益追求といった大前提もありますが、とにかくそれぞれの自動車には、それぞれ設定されたターゲットがあり、それぞれの役割も与えられています。ぼくたちが世に生を受けるのと同様に、それぞれの車もまた、その存在意義を持って世に出てくるのではないでしょうか。

ある軽自動車が軽自動車としてこの世に生を受けたのは運命のようなもので、それはぼくたち人間が世に生まれ出るのと似ています。ぼくたちは生まれるときには環境や容姿を選ぶことはできず、車もまたそれと同じだと思うのです。
「ポルシェ・プラントで生まれたかったなあ・・・」と思う国産スポーツカーもあるかもしれません。
「次に生まれ変わるとしたらジャガーだね・・・」と思うコンパクトカーだってあるかもしれません。
「やっぱり高級車に生まれたかった・・・」と思うトラックもあるでしょう。
「どこにでも入ってゆけるスマートがうらやましい」と考えるハマーもいるかもしれないのです。
もちろん中には自分が作られた目的どおりの人生を全うして、悔いなく廃車になる車もあると思います。

車はただ単に金属と樹脂とガラスの塊ですが、ぼくはときどき、車のボディにそっと触れてみてそのように考えることがあります。
※ぼくの家のガレージは、シャッターを開けると車と正面から向き合う形になります。つまり、その日車とはじめて顔をあわせるのがぼくと車の正面同士になるのです。そんなこともあって、なんとなく車が語りかけてくるような気がするのかもしれません。

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