●コラム/近況

より良い人生を歩むためには?時間や労力の使い方、投資について考える

2016/08/11

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先日はお金の話にずれてしまったのですが、繰り返すととにかくすべての人は人生をより良いものにしようとしているわけです。
そういった人類の努力が現在の文明を築いたのですが、投資とはお金のみならず自己の時間や労力を使うことも含まれると思っています。

何かの成果を上げるために一定の努力を積むことや、研究を続けること、試行錯誤を繰り返すことも、ぼくにとっては立派な「投資」であると考えています。
「資本」の「資」は財産を表しますが、「時は金なり」ですので、時間や労力に置き換えてもOKでしょうね。
ちなみにぼくは、時間や労力をお金に換算することが多いので、ぼくの中ではこれらはほぼ同じ意味を持っていることになります。

そんなわけで「何かをしたい」と思ったときに、自分でその技術を身につけるのと人に頼んで(お金を払ってやってもらうのと)どちらが良いか、と考えるのですね。
自分が技術を身につけるのに必要な時間、装備、他にかかる費用。
人に頼んだ場合の費用。

自分でいったん技術を身につけてしまえば、次からはあまりコストをかけずに同じことをできます。
ですが、人に頼むと、次もまた頼む必要があります(一回頼んでみて様子を見る方法もあるけれど)。
そういった様々な状況を考えながら判断するのですが、ぼくは興味を持ったことはしばらく継続する傾向にあるので、だいたいにおいて自分で技術を習得する方法を選びます。
できるところまでは自分でやって、そこからはよりデキル人にやってもらう、というハイブリッド方式を採用することもあります。

とにかく、そんなわけで自分の労力を使うこと、ぼくにとっての投資でありますが、その結果ぼくがあらかじめ予定していたスキルを習得できたときは非常に充足感があるのです。
なんといっても昨日出来なかったことを今日のオレはできる、というのは気分が良いですし、なんとなく昨日までの自分とはサヨナラというか、違う自分になれたような気がしますしね。

明日は今日よりももっと良い一日にしよう、いや今日であっても昨日より充実した一日にしよう、もう二度とやって来ない今という時を後に役立てるには今何をするべきか、そう思って「自分の人生をより良いものに」しよう、ということがぼくの命題であるわけで、しかもぼくは待つことは得意ではなく、明日がやってくるのが待てないので、自ら明日の方へ向かうわけです。

ぼくは(一般的な)ギャンブルを好まず刹那的な生き方もせずハメをはずすこともない面白味に欠ける人間ではありますが、少なくとも自分の思ったようには生きてゆこうと考えています。
以前「どんなものにも意味がある」と書いたとおり、どんな人間であっても無用の人間などいるはずもなく、自分なりのペースで自分の人生を良くしようと日々生きることが重要ではないかと考えているのです。

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