●コラム/近況

出張や旅行時に想うこと。ちょっとしたノスタルジーとかそんなもの

2016/12/14

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出張している間、ホテルの部屋に篭って眼下に拡がる街や行き交う人々を見て、ふと思いました。
世の中は移ろいやすく、絶えず変化し続けています。
そんな中、ぼくが心がけているのは「変わらないこと」。
マクドナルドのハンバーガーが100円になったり45円になったりもう一度高くなったりして、そして高校生の頃は音楽に全てをささげていた田島君もギターを売り払って腹の出た2児のパパになったりする、そんな世の中ですが、とにかく「ぼくはぼくであること」を大切にしようと思います。

ぼくという人間は既に10代半ばにして、ほぼ原型ができあがったと言っても良く現在はその延長です。ほぼ全ての嗜好(思考も)は当事とほぼ変わっておらず、そのため髪型や着ている服も当事と変わりがありません。昔の写真を見ても、今持っている服をそのまま着ていたりします。
周囲から影響を受けるということも無く、助言や助けも求めず、それらを必要ともせずに生きてきたように思います。
要するに「きかん坊」なわけですが、その反面どこかの宗教の経典のように人間の一生というものは予め決まっているのかと感じることもあり、それに反発するように、例え自分の人生が決まっていたとしても、その行方がわかっていたとしても、それでもぼくは自分の人生や歩む道は自分で選択するだろう、そう思います。

そして出張中には、さらにいろいろなことを考えることがあります。
見知らぬ大都会でひとり、行き交う人々や、夜遅くまで明かりがついたビル群、行き交う電車、そういったものを眺めていると感傷にひたってしまうことがります。
今までに失ったものや、手に入れたもの、やろうとして出来なかったこと、成し遂げたこと、そんな事柄が走馬灯のように頭の中を巡るのですね。

不思議なことに、こういったことを考えるのは大きな都市へ出張や旅行したときのみです。田舎に滞在するときは不思議とそういったことを考えないのですね。
都市にはたくさんの人がいて、見上げるとたくさんの明かりがあって、その明かりの中にはそれぞれの人たちの生活や、欲望や、悲しみや、妬みや、そんなものが渦巻いていて、それなのに、ぼくはそんな中に一人で取り残されていて、こんなに多くの人が行き交うのにだれもぼくのことを知らない、そのような感覚がぼくを感傷に浸らせるのだと思います。
同じように昼間に飛行機に乗っていて着陸しようとしてもそんな感傷は感じませんが、夜にネオンの海の中へ着陸しようとするときも同じように感傷に浸ったりします。

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