●コラム/近況

写真は一種のタイムマシーン?写真に写る自分は何を想っていたのか

2016/08/26

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色々と昔の写真など整理しておりまして、真ん中にある標識を写したものがぼくの人生における「ベスト・ショット」です。
カメラには興味がないまま、それでも自分が生きてきた情景の一部を切り取るという行為に対し、ぼくは重点を置いてきました。
それはあるときは写真であり、あるときは別の手段でもあります。

あのとき、ぼくは何を考えていたのか、あのとき、ぼくは何をしようとしていたのか。
なすべきときに、なすべきことをしたのか、そうでなかったのか。
ふと、そういったことを思い起こすことがあるのですね。
だれもぼくの人生に責任を持つことはできないし、ぼくだって他のだれかの人生に責任を持つことなんてできないわけです。
この写真を撮ったおよそ26年前、ぼくは何をしようとして、何になろうとしていたのだろう。
今のぼくはそれを昨日のように思い出すことができますが、あのときのぼくは、今のぼくを想像できたのだろうか。そう考えるのです。

そう考えると、写真というのは、ある時点まで自分をプレイバックさせてくれる、そう、まさにアラン・パーソンズが指摘したように一種の「タイム・マシン」でもあるかもしれません。

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当時のぼくは今の自分を想像できなかったし、今のぼくは少し先の事すら想像できない。でも、写真を見ることでぼくらはほんの一瞬でも、過去へ戻ることができるのです。
時の流れはあまりに速くて、まわりの景色はどんどん色あせていって、しかしぼく自身はいつまでもぼく自身でありたいと思うのです。
※写真の真ん中に黒いダッフルコートを着てロンドンタワーの中庭に立っているのは、20年前のぼく。

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