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グレート・ギャッツビーの「習慣」について考える

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グレート・ギャツビーについて、これもぼくがよく内容を覚えている小説のひとつです。
野崎孝氏の訳よりも、ぼくは村上春樹氏の訳のほうがしっくり来るように思います。

アメリカの小説はなんとなく日常を垂れ流しているようなものが多いですが、そこに要求されるのが描写力であり、その点におていは村上氏のほうがぼくにとってシーンを連想しやすいわけですね。

それはさておき、実はグレート・ギャツビー自体、ぼくはあまり面白いと思いません。
ただ最終章だけがズバ抜けていて、その強烈な展開のためにそれまでの(8章にわたる)退屈な日常があったのか、と思うわけです。

下記はギャツビー氏が自分に課した日課と決意ですが、継続するとなると、できそうでできなことも多いですね。

人知れず胸に抱いた気持ち、そして人知れず行ってきた努力がギャツビー氏そのものを形成したと思うと、この最終章でギャツビー氏に対する見方そのものも180度変わってしまい、そこがまた最終章の魅力でもあります。

起床 午前6時

ダンベル体操と壁登り 午前6時15分ー6時30分
電気などを勉強 午前7時15分ー8時15分
仕事 午前8時30分ー午後4時30分
野球などスポーツ 午後4時30分ー5時
演説の練習、風格を身につける 午後5時ー6時
有用な発明について勉強する 午後7時ー9時

その他の決意
「シャフターズ」やほかで時間を無駄にしないこと。
巻き煙草、噛み煙草はもうやめる。
一日おきに風呂に入る。
有益な本か雑誌を週に一冊は読む。
週に3ドル貯金する。
両親にもっと良くする。

ちなみに、「発明」というところや「演説」「風格」は欧米では重要視されているように思いますが、日本では「さほど」というようにも感じます。
永続的な利益を挙げるもの、世界を変える可能性を持つものが「発明」であり、その発明を実現可能とするためのものが実際の知識であり、たとえば資金が必要であれば投資家からそれを引き出すための手法に結びつくのが「演説」「風格」だともぼくは考えるからです。
ですが実際自分自身がなにかをしているか?といえばそうでもなく、しかしそれを実行している(しかもたったひとつの目的のために)ギャツビー氏は、やはり「グレート」なのだと思います。

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