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人、動物における先天的要素と後天的要素について考えてみる

2016/09/07

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先天的要素と後天的要素、というものがあります。

ぼくは比較的この要素を重要視していて、過去にもなんどかエントリーを上げています。
たとえば、兄弟においてはギターを弾くときのポージングが同じ、など(ニッケルバックのクルーガー兄弟など)。
ギターを弾くポーズは、前かがみになるパターンや、逆に上体を反らすパターンなどありますが、不思議と兄弟の場合では同じポーズをとることがあります。
その場合は何か学んだと言うよりは本能的にそのポーズをとっていることが考えられますね。

猫さんにおいても同じで、たとえばトイレで用を足すときに、猫砂に前足と後ろ足の合計4本をついて用を足す猫さんもいれば、トイレのふちに手をかけて猫砂には後ろ足二本のみしか接触させない猫さんもいます。
これはなにか教えられたわけではなく、先天的にこういったポーズ、というDNAが組み込まれていると思うわけです。

そして、同じ環境で育ったとしても、狩りをまったくしたがらない猫さんもいれば、狩りが大好きな猫さんもいるわけですね。
とくに狩りが大好きな猫さんについては、ずっと家の中にいて狩りなどしたこともなく、教えられたわけではないのですが、物心つくと外へ出たがり、隙を見て出て行っては何かを狩ったりするわけです。

人間でも同じで、閉鎖環境で変化を好まない人、常に知らない環境に身を置きたい人、などさまざまですね。
なにかの「きっかけ」が関係しているとは思いますが、同じきっかけがあっても行動の結果は異なると思われ、その相違はつまり「先天性」なのだとぼくは考えています。

そして、その先天性はDNAによって定められており、ぼくらはやはり「DNAの乗り物」でしかないのだ、と考えたりするのですね。

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