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環境が変われば敵も味方に、味方も的になる可能性

2016/09/09

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先日もUPしましたが、猫とウサギなど、野生下では「捕食する側」と「捕食される側」であっても、飼育環境では仲良く暮らしているケースもありますよね。

野生の本能というものはDNAの奥深くに刻まれているわけですが、本来の野生環境とは異なる条件で生活している場合、つまり飼育下にある状態について。

そこでは、住む場所や、食べるものが確保されているわけですね。
そうなると、猫さんにとっての「食事」とは、家族の用意してくれる猫缶などであり、ウサギさんではないわけです。

つまりですよ、猫さんにとっての「捕食対象」が環境が変わることで、「仲間」になってしまうわけですね。

ここでぼくが考えることは2つ。
まずは「衣食足りて礼節を知る」という言葉に似て、それらが満ち足りていれば、他者を捕食する必要が無い、ということ。
そして重要なのは2つめで、仮に同じ猫さんとウサギさんが野生下で出会ったとすると、それは冒頭に述べたように「捕食する側」と「捕食される側」になります。
しかし飼育下では、同じ猫さんとウサギさんであっても「仲間」もしくは「友達」になる可能性があるのですね。
同じ個体であっても、出会う環境や生活する環境で、人生はまったく違う結果になる、ということなのです。

今、世界ではさまざまな争いごとなどあります。
ですが、もしも。いがみあっている人同士が、今とは違う場所にともに生まれ、ともに育ったならば、彼らは友達になり得たかもしれないのです。
そして逆に、ぼくらが今、友達だと思っている人も、違う環境に生まれ、今とは違うように育ったのであれば、敵になり得る可能性も秘めていたわけです。

そう考えると、今ぼくらが暮らす環境の他に、ぼくらには様々な可能性があったかもしれず、そして今の環境にいることについて、偶然なのか必然なのか、わからなくなってしまうのですね。

ですが、少なくとも、誰かが誰かを犠牲にしなくても済むような世界になってほしい、と思うのです。

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