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ラスベガスという街、その経済構造について考える

2016/12/14

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今回呼ばれて現地の大学を訪れたのですが、そこの教授の話によると、ラスベガスを「ギャンブル」と「エンターテイメント」とに分けた場合、エンターテイメント(つまりショーなど)による収入のほうが多い、ということでした。
よく「日本でもカジノを」と言われますが、ぼくは「ギャンブル」という側面では成功する可能性は高いが、エンターテイメント言う側面においては成功する確率は高くないだろう、と考えるのですね。
マカオやシンガポールといったところを例に出し、「同じアジアなので」という人もいますが、それらの国と日本との差が決定的なのは、「日本は工業製品という目に見える実態価値を持つもの」をつくることで発展しており、目に見えるものを信じる国だということ。
そしてマカオやシンガポールについては、観光を主にする「つまり楽しさという付加価値を売ってきた国である」ということ。

経済発展の段階によってもそれは異なりますし、これから調査に入らねば根拠を得ることはできませんが、ぼくの印象ではそうなっています。
なので、日本人は「楽しさ」という付加価値にお金を払うことに慣れていませんし、楽しさを演出すること、そして提供されたエンターテイメントを「楽しみ切る」ことも難しい場合があり、ときには「楽しむこと」すら否定されるわけですね。
ですが、「お金」というもっとも現実的=物質的なものが大好きな国民性であり、それを得るためのギャンブルについては他の国よりも成功する可能性が高いとも思うのですね。
ある意味日本を支えるものであり、もっとも人々が信頼するものであるからです。
「心に残る精神的充足」よりも、「目に見える豪華さ」を求める人が、より多く存在するということですね。

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エンターテイメントという側面において、ディズニーランドのような成功例もありますが、カジノにおいてディズニーランドのような(いわゆる)健全性を求めることは出来ず、あくまでもこの場合はギャンブルに付属するものとなりますので、対象やサービスが異なります。
お金を支持して集まる人に、手に取ることができない「サービス」を提供してそれが成功するか?といえば、かなり難しいのではと考えています。
買う側においても「楽しみ」を買うことは慣れておらず、売る側においても「楽しみ」を売ることにはあまり慣れていない、ということです。
となると、ラスベガス・スタイルのカジノ、つまりギャンブルとエンターテイメントとの融合ではなく、ギャンブル主体のカジノが日本では有用ということになりますが、そこには当然様々な問題が絡むわけですね。
ぼく的には「楽しむ」ということをもっと広めたく、エンターテイメント性の高いスタイルを押し出したいとは考えますが、まだまだ日本では受け入れられるのが難しく、それを成功させるには段階を踏む、また様々な仕掛けが必要でしょうね。

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ここで述べたのはあくまでもぼくがカジノという焦点に絞って考えていること、そして一般論であり、しかしもちろんそれを下敷きにして、もしくは逆手に取って大きなビジネスのチャンスがある、とも考えています。
「カネ、モノ=現実的で物質的なもの」を信じる人々に、どうやって「カネ」を「見えないもの、手に取ることができないもの」に投資させるかということですね。
もちろん日本は様々な意味で変化しており、マズローの法則言うところの4段階目を脱しつつ5段階目に突入してきていますので、カジノについては長いタームで見る必要があり、現段階では判断するのは難しいですね。

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