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吉野家はなぜ牛丼以外をやらない?「あったほうが良い程度なら、ないほうがマシ」

2017/03/13

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東洋経済にて、「吉野家はなぜ牛丼以外のメニュー拡大に慎重だったのか」という記事が紹介に。
狂牛病が猛威を奮った際、牛丼チェーンは大きな方向転換を強いられ、なか卯は「いや、もともとウチはうどん屋ですんで」という感じであっさり今までの主義主張を捨ててしまったのは記憶に新しいところ。

ほか、すき家はその頃から「合わせ技」に活路を見出したようで、唐揚げやハンバーグなどをカロリーを気にせずガンガン載せていったと認識しています。

その中で吉野家は頑なに当初のスタンスを守っていたわけですが、牛丼の無くなった吉野家に行かないのではなく、豚丼しかなくなった吉野家に行くのが真の吉野家ファンではないかと考え、ぼくはなか卯でもすき家でもなく、吉野家に通っていたわけですね。

なお、この記事によると、創業者の松田瑞穂氏は「吉野家固有の商品・サービスの価値を作り出す」ということにこだわっていたとのことで、これが「日和見ではない」吉野家の姿勢を決定づけていたのかもしれません。

同時に氏の言葉で印象に残るのは「あったほうが良いという程度のものなら、ないほうが良い」というもので、プライオリティを本質的に見抜く能力を持っていたのだと思われます。

ものごとは極力シンプルにしたほうが良いとは言われ、それこそがブランド価値を生み出すと言われますが、バイクだと「ハーレーダビッドソン」がわかりやすいかもしれません。
ハーレーってどんなバイク?と誰かに聞くと、殆どの人が「アメリカンなやつ」と答えると思います。
ですが、ハーレーが日和ってスポーツバイクやスクランブラー、オフローダーなどを作っていたら、上記のような答えは返ってこないわけですね。

それはフェラーリもまた同じで、フェラーリがもしSUVを作ったら、その芯は失われてしまうのだろう、と考えています。

VIA:東洋経済

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