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中学武道に銃剣道が追加に。組体操、ブルマーなど教育現場の謎を考える

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文部科学省が3/31日付けの官報にて、「小中学校の新学習指導要領と幼稚園の新教育要領」を告示。
これによると中学校の武道に新たに「銃剣道」を追加されています。
ここでぼくが思うのは、「なぜ戦争を思わせる銃剣道を今追加するのか」ということ。
ぼく自身は戦争反対や、今回の銃剣道追加について賛成とも反対とも思いませんが、単に(文科省の判断そのものに)「疑問」を感じるわけですね。

なお銃剣道とは、ウイキペディアによると下記の通り。

銃剣道(じゅうけんどう)は、旧日本軍において訓練されていた銃剣術を、太平洋戦争後に競技武道化したもの。木銃(もくじゅう)を用いて相手の喉、胴などを突き合う競技である。

モロに軍隊に関連するものですが、現代の日本は自衛隊然り、戦争に対してはかなりナーバス。
戦争に関連する法案や製品、その他色々なものが「批判の対象」になりやすくなっています。
なのに、そういった環境下において「なぜ戦争に関連するものを持ち出すのか」ということで、これは父兄の反発、世論の反発をまったく予期していない「無防備」かつ「独善的」な行動ではないか、とぼくは考えるわけです。

ぼくは常々教育というのは「閉ざされた聖域」ではないかと考えていて、「教育者」だからエライ、という風潮があると思うのですね(もちろんすべてがそうではない)。
よって、自分の決断が全て正しい、皆それに従うべきだという考え方が根底にある、と認識しています(教育者は自分の決定が批判を受けるとは考えていない)。

他の例だと「組体操」。
あれだけ事故が多発するのに「なぜやめないのか」ということ。
組体操を行って得する人はほとんどいないと考えられ、高いリスクをはらむイベントを継続する意味がわからない、と思うのです。
これが営利企業だとリスクマネジメントの観点から「即刻廃止」になるのは間違いなく、世間一般で「リスク」と捉えられることを継続するという「非常識」が教育現場なのでは、ということですね。
つまり教育現場の常識は「世間一般のそれと大きくかけはなれており、独自の判断基準で動いている」ということです。

もうひとつ大きな例が女子の「ブルマー(すでに廃止されて久しいですが、今考えるとあれは犯罪レベルの破壊力があった)」。
日経ダイヤモンドに「ブルマ―が1960年代から30年間も定着した謎を解く」という記事が掲載され、これはぼくの興味を(ブルマーではなくて記事の方。念のため)強く惹いたわけですが、「性的な表現がタブー視される教育現場において、なぜブルマーは30年も採用され続けてきたのか」というもの。
この記事では「ブルマー教授」こと山本雄二氏が出版した「ブルマーの謎」という書籍を紹介していますが、まさにその内容も「教育現場の閉鎖性」「教育現場の世間との乖離」を示したものと言えます。

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